全国各地で“手書き地図”の面白さを伝えるワークショップや授業を開催
観光地などで配布されているイラスト入りの“手書き地図”は、スマートフォン用地図アプリのように縮尺や距離は正確でないものの、市販のガイドブックには載っていないような様々な情報が散りばめられており、そこからは地元に住む人のこだわりや愛着、観光客が体験した驚きや感動などが伝わってきます。
そのような手書き地図ならではの良さを多くの人に伝えることで、地域の魅力を再発見してもらおうと活動しているのが「手書き地図推進委員会」です。今回はそのメンバーの1人である赤津直紀さんに同委員会の活動内容について話をお聞きしました。
作者の主観で自由に表現できる「手書き地図」の魅力
――手書き地図推進委員会の活動内容を教えてください。
赤津 全国各地に赴いて、ワークショップや学校の授業などを通じて手書き地図の普及啓発活動を行っています。僕たちの目的は手書き地図の面白さを多くの人たちに紹介し、知ってもらうことであり、委員会のメンバー自らが手書き地図を書くのではなく、地元の人自らが手書き地図を制作することで地域の魅力を再発見していただくための支援活動を行っています。
――このような活動を始めたきっかけは?
赤津 僕を含めて地図が好きな人たちが集まったときに、「デジタルではなく手書きの地図は面白い。なぜこんなに面白いのか突き詰めたい!」と盛り上がったのが最初ですね。僕自身の動機としては、以前バイクに乗っていたときに、昭文社の「ツーリングマップル」という地図帳にツーリング中に見つけた面白いことを書き込むのが好きで、同じエリアでも自分が書き込んだ内容と友だちが書き込んだ内容が全然違うという、その視点の違いに面白さを感じました。
手書き地図もそれと同じで、客観的な情報ではなく、書き手が面白いと思ったものだけが書かれているところに魅力があるのだと思います。つまり作者の“メガネ”を借りて色々な視点を楽しむわけですね。手書き地図推進委員会のメンバーにはデザイナーとか編集者とか色々な人がいますが、彼らもそれぞれ違った視点から手書き地図に面白さを感じています。
――デジタル地図にはない、手書きならではの魅力は何でしょうか?
赤津 手書き地図では正確な情報よりも、一番伝えたいことを大きく書いたり、そこにどのような物語があるのかを表現したりすることが大切です。さすがに位置や方角などが全然間違っていたらダメだけど、だいたい合っていればそれでいい。場合によっては、あるべき道路を書かなかったり、遠いところにあるけど絶対に行って欲しいところがあれば多少近めに書いたりとか、自由に書けるところが魅力です。
たとえば以前、福島県南相馬市で、市内の再エネ施設を取材して手書き地図を作るワークショップを開催し、このときは道がほぼ描かれない地図ができました。スマートフォンの地図アプリは最短ルートを通って目的地へ正確に到達するために使うものですが、僕らが作る手書き地図は、歩いているときに「なんだろうこれ?」と寄り道することに面白さを感じているので、位置関係などはあまり気にせずに“思い”の大きさで主観的に書いていただきたいですね。
「うちの街には何もない」という参加者へ“よそ者”の視点で街の面白さを引き出す
――委員会の発足当初は、どのような活動を行っていたのですか?
赤津 最初は全国各地で手書き地図を書いている人たちに話を聞き、その面白さを伝えるところから始めました。たとえば埼玉県のときがわ町には、地元の小物屋さんが書いた手書き地図「ときがわ食品具マップ」が町内の色々な店で配られていて、年間10万部を超えています。この地図には「ここは狸が出たことがあるよ」とか、「ドライバーは窓を開けて山の空気を楽しんでください」とか、作者が思ったことがそのまま書かれていてとても面白いです。
また、山形県天童市にある天童木工さんが配布している手書き地図も面白いです。もともとはショールームを訪れたお客さんから「どこか面白いところありませんか?」とよく聞かれるために社員が作った地図で、ふつうのガイドブックと違って「地元の洋菓子店が実は有名メーカーのスイーツの発祥だった」とか、モノ作りをしている人ならではの視点で面白いと思ったことが書かれています。こういう面白い物語と偶発的に出会うことができるのが手書き地図の良さです。
そのような手書き地図の面白さを探り、魅力を発信しているうちに自治体や不動産デベロッパーの方から声がかかるようになり、「地元の人たちと一緒に手書き地図を作ろう」ということで、各地で手書き地図のワークショップを開催するようになりました。
――ワークショップは、どのような流れで進むのでしょうか?
赤津 まずはチーム分けなどを行った上で、みんなで座談会のような形式で街の噂話などの意見交換を行います。全国各地の色々な街を訪れて、よくワークショップの参加者から「うちの街には何もない」と言われることも多いのですが、実際は何もないなんてことはまずありません。日常でそこに暮らしていると、景色の美しさや食べ物の旨さも当たり前になってしまって気付きにくいですが、“よそ者”の僕らから見ると面白いことがたくさん見つかります。その街の面白さや素晴らしさをうまく引き出してあげることがポイントになります。
次に座談会で出た情報をもとにフィールドワークを行います。街を歩きながら様々なスポットを巡って写真を撮ったり、人を取材したりして情報を収集します。そしてフィールドワークが終わったら会場に戻り、マップメイキングを行います。マップメイキングのやり方は、大きな模造紙に参加者それぞれが得た情報や地図を書き込むこともあれば、道路だけが描かれた簡単な地図を用意して、そこに吹き出しなどが描かれたシールを貼って、そこに情報を書き込む場合もあります。
地図が完成したら、チームごとに発表を行ったりして、制作した地図をみんなで見ながらディスカッションを行います。場合によっては制作した地図をもとにプロのイラストレーターに発注して観光マップを作ることもあります。もし地元の参加者の中にイラストレーターがいればその人に発注することもありますね。自治体や企業が主催するイベントでは成果として観光マップを制作することが多いですが、青年会や学校などの場合は模造紙に書き込んで終わりという場合もあります。
――ワークショップを主催する側は、どのような狙いがあるのでしょうか?
赤津 自治体の場合は、地域の魅力を再発見し、それを可視化することを目的としていることが多いです。たとえば沼津市で行った「ぬまづ街歩きマップ」の場合は、港町ということで観光客は車で沼津港を訪れて、その周辺でご飯を食べて帰ってしまうことが多く、商店街を訪れる人が少ないということが課題だったので、沼津港を起点として歩いて行ける街中のスポットを探すことをテーマにしました。もちろん沼津港自体にも見どころは多いですが、駅と港を結ぶ街中の商店街にも面白いことがたくさんあることを発見できました。このマップは現在、沼津港をはじめ街中の様々なスポットで配布されています。
このほか、不動産デベロッパーがショッピングセンターを開業予定の地域を盛り上げたいということでスポンサーとなり、ワークショップを行ったこともあります。このときは長年の間、地元に住んでいるご夫婦と、新しくこの地域で住み始めたご夫婦と一緒に地図を作りました。「看板は出ていないけど、この店の直売のトマトが美味しい」とか、地元に住んでいる人しか知らない情報が聞けて面白かったですね。このとき作ったマップは不動産会社が戸建てを売り出すときの営業ツールとしても使われました。
ただし、2020年頃にコロナ禍になったため、最近は自治体や企業によるワークショップよりも、学校で開催する機会が増えましたね。
幅広い年代で楽しめるワークショップ。過去の記憶を辿る地図はシニアがヒーローやヒロインになれる
――学校としては、手書き地図のワークショップにどのような教育効果を期待しているのでしょうか?
赤津 小・中・高の教育現場では、子ども達が自ら課題を設定し、解決する力を身に付ける「総合学習」が実施されていますが、その一環で手書き地図のワークショップの依頼をいただきます。手書き地図のワークショップは、(1)街の噂話や雑談、(2)フィールドワーク、(3)マップメイキング、(4)プレゼンという過程で進みますが、これはそのまま総合学習で必要とされる(1)課題の設定、(2)情報収集、(3)分析、(4)まとめ、というメソッドにぴったりと合っています。
子どもは最初はどうしても「決められた答え」を探しがちです。たとえば「道路は何色で塗ればいいでしょうか?」という質問が児童や生徒から寄せられた場合、それに対する答えは「あなたが赤だと思ったら赤でいい」が正解で、そのようにアドバイスすると彼らはハッとした顔をして気付きます。好きだと思ったらそれを素直に表現することで小学生ならではの視点が磨かれ、深い学びができるという評価を教師の方からはいただいています。
学校の場合は人数が多いので、チーム分けした上で最後にチームごとにプレゼンを行うことが多いのですが、中にはどうしてもチームではなく1人で書きたいという子どももいて、その場合は1人で自由に書いてもらうこともあります。同じエリアでもチームごとに視点が異なり、注目するところが違うので、色々な発見があります。
――手書き地図は子どもから大人まで幅広い年代で楽しめるのですね。
赤津 山形県遊佐町で、昭和30年代の思い出を再現することを目的にワークショップを行ったことがあります。遊佐町では昭和30年代に商店街で歳の市が開かれ賑わっていたので、その昔の街並みを再現する地図「十日町通り思い出マップ」を作りました。このときはフィールドワークをせずに過去の記憶を辿って地図を制作し、ワークショップには幅広い世代の方が参加したのですが、こういうときは昔のことに詳しいシニアの人がヒーローやヒロインになれるんですよ。
このときはシニアの昔話によって、昭和30年代に遊佐町のメインストリートは往来が激しかったために道路に馬糞が多く、歳の市では「馬のくそまんじゅう」という名物が人気だったことがわかりました。そこで遊佐町の地域おこし協力隊の方の声かけにより、このまんじゅうが復活することになって、ワークショップで作った手書き地図がまんじゅうの包み紙として使われました。
高齢者が昔のことを語る場というのは少ないですが、手書き地図の制作を通して若い人と高齢者が交流することによって、このような化学反応が起きました。
――手書き地図を包み紙として配るというのは面白いアイディアですね。
赤津 制作した手書き地図をいかに多くの人に見てもらうかというのは以前からよく課題となっていました。スマートフォンから見られるようにして、手書き地図の中で現在地を確認したり、ナビゲーションできるようにしたりするというのは一つの手ですが、単純にデジタルに置き換えただけで読んで貰えるかといえば、必ずしもそうでない面もあります。
もしかしたら包み紙のようにくしゃくしゃにして渡すほうが、物語を読んでもらうのにはいいのかもしれません。制作した手書き地図をどのように伝えればいいのかは、まだ最適解がわかっていない状況ですね。
面白い地図を表彰する「手書き地図アワード」を開催
――今後の展望をお聞かせください。
赤津 最近は学校の授業に呼ばれることが多くなり、児童や生徒による作品が数多く生み出されるのを見ていたら、僕らしかその作品を見ないのはつまらないと思ったので、昨年から「手書き地図アワード」というコンテストを始めました。昨年は約90の作品から、部門賞として「Maniac賞」「Area賞」「Process賞」「Story賞」の4部門と、大賞を選んで表彰しました。
たとえばManiac賞では、鎌倉市の小学生による「どこで何をすればサッカーがうまくなるか?」という作品が受賞しました。これは学校近くの公園を紹介しているのですが、ただ紹介するのではなく、「階段を上った奥にある穴をゴールにして試合をすうとキックの精度が上がる」とか「ジャングルジムをゴールに見立てて神コースを狙ってシュートしたら上手くなる」とか、「たまに幼稚園の子が来るから気を付けて」とか書いてあって、こういうのを見るとその子が持つ“物語”が見えてきてとても面白いです。
昨年は対象が小学生だけだったのですが、このアワードを今年は大学生まで広げて、これから規模を大きくしていきたいと思います。もちろん手書き地図推進委員会のワークショップに参加したことのない人からの応募も受け付けます。日常の身のまわりにある小さなことでも、実は面白いことなんだということに気付いてもらうきっかけとして、手書き地図をぜひうまく利用していただきたいですね。
URL
手書き地図推進委員会
http://www.tegakimap.jp/