【翻訳】地図にはないけれど、われわれはここにいる。

発展途上国のクライシスレスポンスをより効率的に支援するために「前もって」その地域のマッピング活動を行う団体「Missing Maps」のブログに掲載された、David Garcia(@mapmakerdavid) さんによる「The Maps may be Missing, but We are Still Here」という記事を翻訳しました。

OpenStreetMapのような地図コミュニティの必要性について、奥行きのある内容で表現されているいい文章だなと思ったので、やや古い記事ですが、多くの人達に読んでいただきたいと思いました。

The Maps may be Missing, but We are Still Here – A Year of Blogs – Dec 2020
https://www.missingmaps.org/blog/2020/12/28/a-year-of-blogs/

この記事の公開にあたっては、青山学院大学の古橋大地教授(@mapconcierge)経由で翻訳の許可をいただきました。

Davidさん、古橋さんありがとうございます!


地図にはないけれど、われわれはここにいる。

国際協力しながら地図作製をするのは大事。だが、実際の主導者は誰だろう?

太平洋に浮かぶしまなみをどのように地図化すべきか。ここは、世界の他の地域と同様に、災害や気候変動の危機にさらされている地域だ。こういった重要な問題に対応する際、地図作製が役に立つ。だが、まずは聞いてほしい。フィリピンからニュージーランドまで、海を越えて伝わることわざがある。「目的地にたどり着きたければ、出発点を思いだせ」というものだ。

「太洋州」としても知られるオセアニア(モアナ)で、人道的な地図作製やその他の大規模な地理空間プロジェクトが続く中、この海と、そこにある島々で生まれ育ったわれわれは、偉大な航海者であるオーストロネシア人の子孫であることを忘れてはならない。私は、ピリピナス諸島(フィリピン)のしまなみにあるルソン島出身の、カパンパンガ族とタガログ族だ。下の地図には、私の先祖とその親戚が、台湾からマダガスカル(マダガスカル)、アオテアロア(ニュージーランド)、そしてその先の地域へと移動した様子が描かれている。彼らは、波、風、星、鳥、その他のさまざまな景色を観察し、航海技術を発明し、道中にあるコミュニティを大切にすることで、航海を成し遂げた。彼らは地図作製者であり、西洋の入植者たちは、今なお続く海の植民地化の際に、地図作製者である彼らの専門知識を拝借したのだ。

図 1. オーストロネシア人の移民 クレジット
図 1. オーストロネシア人の移民 クレジット

先に読み進む前に、私の推論や向上心のあり方は、同じ言葉の繰り返しで平凡に思えるかもしれないことを知っておいてほしい。だが、読者である皆さんは、私が、時空というものが周期的で、再帰的で、関係性が非常に強いものと考える、大海原の道案内人の文化を受け継いでいることを心にとめておいてもらいたい。つまり、過去は目の前にあり、未来は常に、生きている現在の後ろにあるということだ。国際的な流行語だと、「ループ」とか「ネットワーキング」と呼ばれている。これはまた、シェープファイル(GIS データ フォーマットの 1 つで、病院などの目標物や道路や建物などの位置や形状、属性情報をもつベクター データ(ポイント、ライン、ポリゴン)を格納することができる)や地図タイル(Web マップの表示を高速化する方法)に限定されない、世代を超えた地理的知識の集合体にもとづいていることを示している。例えば、ミクロネシアと呼ばれていた地域は、実は大きな海洋国家の集まりで、その地域にいた私の親戚は、大昔からしまなみの関係について地図作製を行ってきた。

図2. ミクロネシアの先住民の道案内人による海図 クレジット
図2. ミクロネシアの先住民の道案内人による海図 クレジット

われわれは、出発点を知っているからこそ、目的地がわかっている。これは、われわれが数百年もの間、植民地主義、帝国主義、資本主義、家父長制、その他多くの抑圧システムの脅威にさらされてきた中で、世代を超えて地理的知識が共存し、尊重されるべきものだということを意味する。

歴史や地理を、時間と空間から生まれる深い感覚で捉えれば、このような重要な真実に気づけるだろう。われわれは、地図から欠落していない。それどころか、地図の上で過剰に描かれてきたのだ。何百年もの間、西洋の地図製作者や民族学者たちは、相互に関連した民族をプロファイリングし、不条理に海を切り刻み、論争の的になっている人種のヒエラルキーや、疑わしい地域のカテゴリーを作り上げてきた。このような、問題のある行動パターンは、アウトプットにせよ、地図作製や物語の伝承を行う組織にせよ、今日に至るまで続いている。地図作製は非常に厄介なものだ。そして、デジタル・プラットフォームやソーシャル・ネットワークからは欠落しているかもしれないが、われわれはまだここにいる。

図3. 地図作製者であり、探検家であり、入植者でもあったデュモン・デュルヴィルが作成した、人種差別のあったオセアニアの地図(1832年)。
図3. 地図作製者であり、探検家であり、入植者でもあったデュモン・デュルヴィルが作成した、人種差別のあったオセアニアの地図(1832年)。

「First, do no harm(まず害を与えないこと)」。人道的な分野で多くのマニュアルに書かれていることだ。実は、植民地事業と絡み合った地図作製や地理空間技術は、世界の大半の人々に害を及ぼし、心的外傷を与えてきた。痛みを伴いつつ構築された国際的システムの芯の部分から、地理的知識を引き出すことができる。このシステムは、海上に暮らす人々や、他の場所に暮らすわれわれの親族をけなし、誤解し、軽んじ、搾取してきた。例えば、米軍がフィリピンの地図を作成しているとき、われわれの町にかつてない規模の米軍基地ができたが、子どもたちを苦しめる有毒廃棄物を残した。このような体験は、太平洋のむこうでも同じだった。グアム、琉球、西パプア、オーストラリア、カナック、ハワイ、タヒチ、アオテアロアなどの島々の海に、植民地勢力存が広く占めており、今日もなお、絶滅に向けて動いている。リストは続く。従って、地図作製の背景として、われわれがポストコロニアル時代に生きているのではなく、再植民地化する環境にいるということを忘れないでほしい。植民地主義は現在進行形の災害であり、われわれは苦しみを和らげ、人権を守り、開発を再定義するためにも立ち向かわなければならないことを覚えておくべきだ。

「地図は、いろんなことを仕掛け、人々を混乱に陥れてきた。そして、私は、物理的な衝突によるものではなく、おそらく地図によって先住民は多くの土地を失ってきたと思います」ジム・エノート、ズーニ族

地理空間的知識の生成、特に大規模な地理空間プロジェクトにおいて、このような弊害を回避するにはどうすればよいのだろうか。まず、地図作製を拒否する機会、それに、安全装置がなければならない。もう一つ、最優先事項として、地図作製を行う際に、人道的なものも含めてわれわれが表明し、習得する精神を、再度、検討することだ。次に、先住民族組織が主導する地図作製プロジェクトを大いに支援すべきだ。その際には、先住民族や彼らの主権を尊重する組織と協力し、従う必要がある。

昨年、われわれはここアオテアロア(ニュージーランド)で、しまなみを地図に載せるためのマップマラソンを開催した。このイベントは、FOSS4G-SotM Oceania 2019の支援のもとで開催された。参加したのは大洋州の多様なバックグラウンドをもつ人々。われわれは、太平洋のために、太平洋とともに、そして太平洋をもとに地図作製を行っていた。アオテアロアの先住民族が、この作業を行う場と機会を与えてくれたことに感謝するとともに、ニュージーランドと太平洋地域の、完全なる脱植民地化に向けて、彼らのリーダーシップに従おうと思う。

地図作製企業の仕事が、図を作成したり、データを提供したりするだけではないことを覚えておいてほしい。地図を作製する民族や場所を通して、空間、知識、力が織りなす意義を生み出す。では、その意義とは何だろうか。それは、ただ生活を荒廃させ、心的外傷を与える、植民地的、帝国的、抽出的、家父長的なプロジェクトを再度生み出すものだろうか。それとも、疎外された人々の解放、抑圧的な構造の廃止、先住民族の力の再生に役立つのだろうか。あなたが地図製作企業なら、「誰のために地図を作るのか」「誰と一緒に地図を作るのか」と自問してみてほしい。さらに重要なのは、地図作製で、誰があなたを導いているか、ということだ。

国際的な地理空間プロジェクトが続く中、先住民主導の地理空間組織において、先住民のリーダーシップの場がより多く設けられることを強く願っている。すでに起こっているこのような移行の中で、地図作製を、単に表象の観点だけでなく、権力の観点からも骨組みを作る必要がある。重要なのは地図だけではない。誰が作るのかが重要なのである。誰が地図作製の物語を伝えるのか、ということも。地図作製と物語の語り手を引っ張っていくのが誰か、ということも。それが一番重要だから、その人物が権力を得るのだ。

私は長年、フィリピン、イギリス、アオテアロア(ニュージーランド)などで、地図作製のハッカソン(プログラマーたちが集まり、集中的にプログラムを開発するイベント)、オフ会、その他、数々の地図作製プロジェクトに参加し、まとめ役をこなしてきた。皆さんのような他のボランティアの方々とともに、私は、自分の労力、時間、専門知識、物語などを捧げてきた。あなたと同じく、私も地図作りに真剣に取り組んでいる。そして、私の先祖がそうであったように、この海やそこにある島々の子どもたちも地図作りに勤しんでいる。だが、われわれは、あなたの研究室でも、パイロット・プロジェクトでも、ベストプラクティスでも、報告書の表紙でも、クリック・ファームでも、地理空間にある点でもない。それどころか、国際機関は、われわれが彼らを必要としている以上に、われわれの原住民や先住民族を必要としているのだ。

太平洋のしまなみを、どのように地図化すればよいだろう?もしあなたが協力者なら、あなたはわれわれの救世主ではない、ということを覚えていてほしい。あなた方は、われわれを救うためにここにいるのではない。むしろ、われわれの生存と成功に貢献するためにここにいるのであり、それは、われわれがすでに行ってきたことであり、この海に生きるわれわれの主権を再生させる支援者として存在するのだ。脱植民地化を含む社会的・空間的正義のための作業は、非常に厄介で、居心地が悪く、終わりがないように思えるが、先住民が存在し、先導する中で、共同作業をしよう。大洋州として知られるオセアニア(モアナ)でよく耳にすることわざがある。「目的地にたどり着きたければ、出発点を思いだせ」

地図にはないけれど、われわれはここにいる。

David Garcia(@mapmakerdavid)は地理空間科学の博士号取得見込者。現在はフィリピンの地理空間集団であるMinistry of Mapping (@mappingministry)をサポートしている。故郷である太平洋の地図を作るのが大好き。海が荒れているなら、自らが海であれ。

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